MRI Research Associates
社会システム事業部 次世代モビリティチーム
PROJECT STORY02
社会を、世界を、一変させた出来事で
これまでにない、評価手法が生まれた
思い起こせば2019年、東京2020オリンピックも控えた日本では
訪日外国人観光客数が前年を上回り、過去最高を更新。
空港では、近い将来に発着便の増加による滑走路の容量不足が懸念され、その増設が積極的に検討されていた。
しかし、誰もがさらなるインバウンドの拡大に期待していたところへ、COVID-19が忍び寄った。
菊池 光貴

社会システム事業部
次世代モビリティチーム
事業リーダー
2012年入社
工学研究科 建築社会基盤系専攻 修了

学生時代は、力学系が中心の土木工学の中でも計画系を専攻し、交通計画や都市計画に関わる研究室で学ぶ。音楽が好きだが、「最近HDDが壊れて、お気に入りの数千曲のデータをロストした」とか。嘆きながらも明るい表情が印象的。

Kouki Kikuchi
大串 拡

社会システム事業部
次世代モビリティチーム
2017年入社
海洋科学技術研究科 海運ロジスティクス専攻 修了

休日があれば、全国どこへでも旅に出る。入社以来、全都道府県・東西南北端を踏破し、現在は全市区町村制覇を目指している。需要予測に関するアカデミックな素養を磨くべく、会社の制度を利用して働きながら社会人大学院に通い、昨年修士号を取得。

Hiromu Okushi

01
業務の概要

拡大するインバウンドに合わせた、滑走路の増設計画は妥当か

公共事業では、その建設工事が本当に公共性や採算性、社会的意義などがある事業なのかを評価しなければならない。建設前の「計画段階評価」と「新規採択時評価」、建設中の「再評価」、そして開業後の「事後評価」という4つのタイミングでのチェックが定められている。とりわけ交通に関する公共事業の整備効果を評価するためには、交通需要予測が必要になっている。

MRIグループでは、航空・鉄道・バス・船舶・自動車といったあらゆる交通機関を網羅した需要予測に関わってきた。特定の交通機関に限定しない理由は、それぞれが移動する人々の"獲得競争"をしており、互いに影響し合っているからだ。その上で、相当な数の事業評価にも携わり、独自の実績やノウハウを築いている。今回はこの中で、ある空港の滑走路増設事業における『再評価』について聞いてみた。

『再評価』業務の目的は。

菊池
「日本には既に100に近い空港があるため、もう新規事業はあまりなく、近年のご依頼の中心は再評価です。再評価を実施するのは、長い建設期間中に社会情勢などが変化したことで、予想される需要等も変わる可能性があることから、事業計画の確認や見直しをするためです。例えば、新幹線なども5年に一回、再評価する取り決めになっています。評価にかかる期間としては2,3カ月の短期間で行う案件もあれば、入念な事前調査をして半年から1年かけることもあります。この空港は、建設期間中にCOVID-19のパンデミックに巻き込まれ、事前の見通しが大きく狂わされたケースでした」
大串
「いわゆる"コロナ前"は、訪日外国人の急増によって滑走路の容量が慢性的に不足し、将来さらに増えると予想される航空需要に対応することが困難と考えられていましたので、滑走路の増設はかなりポジティブに議論されていました。大都市圏の空港では、その時点ではパンク寸前というほどではなくても、近い将来には溢れてしまうだろうと。採算性については、滑走路を増設すればもっと旅客を呼べると仮定し、増設した場合と増設しなかった場合の差分から評価する形となります」

「この空港もアジアからのインバウンドが急増したことで国際線の発着が活発になり、もともと国内線も多く飛んでいる空港でしたので、容量の少ない滑走路で何とか国内線と国際線をやりくりしている状態でした」

なぜMRAが携わることになったのか。

菊池
「MRIグループとして、かねてより空港の整備事業評価に多く携わってきた実績があります。また、本件のクライアントである国土交通省が進めてきた『航空需要予測手法の改善業務』にもMRIとともに長く携わり、統計学に基づいたモデリング・四段階推定法を用いた将来予測の精度向上に関し、その手法を熟知していることもあってお声がけいただきました。クライアントは官公庁が中心ですが、特に鉄道関係では民間企業が多くなります」

02
業務の進行・苦労

突然のパンデミック、経験が活かせない、かつてない状況

しかし、そのような過去の経験が通用しない事態が発生する。新型コロナウイルスCOVID-19によるパンデミックだ。渡航や入国が厳しく制限され、訪日外国人の数も激減したことは周知の事実であり、これによって事業評価の現場も一変することとなった。

そもそもCOVID-19が発生する前は、どのような状況だったのか。

大串
「この空港で滑走路増設を新規採択した時は、訪日外国人数が伸びていた状況を元にした事業評価がなされていました。そのため、COVID-19の流行を踏まえた需要予測や費用対効果分析、経済効果分析をあらためて実施しましょうということになりました。その際、客観的根拠に基づく評価手法のロジックを検討することや、各種計算の実施、事業の妥当性の評価といったことが重要になります」
菊池
「とはいえ、この規模のパンデミックが起こったことはないため、過去の類似事例やデータの蓄積も十分でなく、予測の前提条件をどう設定すべきか悩みました。そもそも、COVID-19による旅客数の低迷が未来永劫続くものなのか。ウイルスが完全に消え去るかどうかまでは判りませんが、少しずつかつての日常を取り戻しつつある状況から、一時的な旅客数減少であろうと考えるシナリオをまずは描きました。しかし、我々は客観的根拠に基づく評価をしなければなりません。つまり、このシナリオにも根拠が必要ですので、例えばIMF(国際通貨基金)の経済回復予測を取り入れるなどして評価を進めました」
大串
「他にも、移動の自粛や経済の低迷、行動の変化(価値観の変化)、供給量の減少など様々な問題がありますが、これらの問題を切り分け、それぞれについて客観的根拠に基づくシナリオを設定し、予測・評価に反映させていきました」

具体的には、どのようなシナリオや予測を立てたのか。

大串
「まず誰もが思いつきそうなものは、リモート会議などが普及することで出張が減り、旅客数がかつての水準には回復しないというシナリオです。しかし、リモート会議による影響はネガティブなことばかりではないのです。『二地域居住』や『ワーケーション』といったキーワードを盛んに聞くようになりましたが、新たなワークスタイルが新しい旅客需要を生み出すとも考えられます。『東京一極集中』といった社会課題もありますが、その是正にもつながるというポジティブな想定もあります。このプロジェクトでは、これをシナリオに盛り込んで予測し、再評価をしました」
菊池
「出張の機会が減ると出張先までの移動時間がなくなり、1つの会議にかかる時間が大幅に削減されます。すると、空いた時間で営業や商談、技術開発の機会などが増え、新たなビジネスが創出されるといったことも予想されます。出張を控えるようになっても、ビジネスの交流が増えることで、出張需要の減少が一部相殺されるというシナリオを描きました」

柔軟なシナリオづくりには、多様な着眼点、そして専門的な知識が必要だと思うが。

菊池
「個人的には、日々の些細なニュースにもアンテナを張っておいて、自然に溜まった世の中の情報を活かしているところがあります。そして何より、MRIグループのシンクタンクとしての強みがあります。交通に限らず、様々な分野における官公庁からの仕事を多く受注していることで、困ったことがあれば、社内で知恵を募ると色々な声が集まってきます。今回もいくつもの部署がCOVID-19の影響や対策を検討していました。中でも特に参考になったのは、MRIが公表していたレポートです。グループの様々な部署からCOVID-19に関わる情報を吸い上げたり、人材を集めたりして作成されたようです。その情報が、自然と我々にインプットされていました」

この再評価業務は、無事に完了したのか。苦労も多かったのでは。

大串
「我々が提出した需要予測結果・評価結果は、事業評価委員会で承認され、事業の妥当性を示すことができたと考えています。この成果は新聞などのメディアにも掲載されています。クライアントのご担当者もCOVID-19というかつてない危機を踏まえた事業評価は初めてのことで困惑されていたため、うまく事業評価に反映させて無事承認までリードできたことに感謝のご連絡をいただきました」
菊池
「苦労といいますか、気を遣ったのは、やはり事業評価委員会で承認いただくまでのプロセスです。委員会では、主に交通や経済の分野に詳しい有識者にお集まりいただき、我々が実施した需要予測や事業評価を吟味していただきます。この際、いきなり報告書をお見せしても、ご納得いただけない点があればやり直しです。有識者の皆様は極めてご多忙で再び一堂に会するにはかなりのご負担を強いてしまうため、それは極力避けなければなりません。そこで、事前に有識者の皆様に予測や評価の内容に対しご意見を伺っておきます。この事前説明とご指摘対応がとても重要です。もちろんクライアントとのやり取りも重要で、ご担当者と議論を重ねた後は、次にその上司へ、そのまた上へと話が流れて承諾されるまでに時間を要するため、その調整時間をしっかり確保するよう配慮して進めました」

03
成果と展望

数年後、真の評価を受けるときを、いまから楽しみに

以前に比べれば落ち着きを見せてきたCOVID-19の感染拡大。それは終焉するのか、するとしてもいつになるのか、誰にも確かなことは言えない。しかし今回の「再評価」が、滑走路の増設工事が完了して供用開始後に「事後評価」によって再び評価される立場に置かれる日がやってくるのは確かだ。

大串
「再評価時点ではもちろん現在も着工中で、滑走路の完成は数年後の見通しです。その時、どのような成果が見られるか楽しみです。それとは別に、その前に今回の再評価でCOVID-19への対応によって得られた経験は貴重でした。他の交通分野の需要予測業務でも共通する課題であり、別の分野の事業者からのご相談にも応用可能でしたので、我々の大きな知見となりました」
菊池
「そして、もしまた別のウイルスが流行してパンデミックが起こったときにも、今回の経験や知見は必ず役に立つと考えています。実は需要予測や事業評価はニッチな分野で、撤退してしまった事業者も多く、以前に比べて競合は減りました。しかしMRIグループでは社会的な意義を認識し、事業として継続する選択をしました。その結果、今ではこの分野で有力な立場になっています。このような経験の蓄積が後に大きな力になると確信して、今後の事業に活かしていくつもりです」

今回はこれを、MRA単独で遂行したのか。プロジェクトを終えて個人の思いは。

菊池
「そのとおりです。本件はMRAが単独で受注しました。需要予測事業はMRIからMRAに事業集約を進めており、MRAが単独で事業を担えるように取り組みつつグループ全体で事業領域を広げていく流れにあります。どちらかというとMRIは創造的な方向に、我々は技術的な深みを追求する方向ですが、状況や案件の性質に応じて2社が連携することも、相互に肩代わりすることもあると考えています。今後はさらにMRA単独での受注実績を積み上げていくことが重要だと考えており、このプロジェクトはその意味でも貴重な糧となりました」

「このプロジェクトはあと数年で成果が分かりますが、やはり自分が携わった事業が実際に世に形を成した瞬間を楽しみにしています。その時は本当に感慨深いでしょう。あの時、努力してよかったなと。そんなシーンを心待ちにしています。ちゃんと、たくさんの方々が利用してくだされば良いのですが(笑)」
大串
「私も社会に与えるインパクトが大きな楽しみだと思っています。だから、『滑走路が増えました』とか、『新しい制度ができました』といったニュースを耳にしたとき、『これは自分がやった評価だ』『この数字は自分たちが作ったものだ』といった満足感に浸るとでも言いましょうか、それがこの仕事のやりがいや醍醐味であると思っています」

Formation