MRI Research Associates
公共政策第一部
PROJECT STORY
「超高齢社会」で求められる「高齢者の自立」
適切な福祉用具の選定・利用を実現するPDCAとは
約800万人の「団塊の世代」が、すべて75歳以上となった日本。
国民の5人に1人が後期高齢者となる「超高齢社会」を迎えている。
いわゆる「2025年問題」より、介護現場では深刻な人手不足が進行し、
医療・介護費の急増による社会保障制度の持続性も大きな課題となっている。
高齢者の健康増進や自立支援を促せば、医療費や介護負担を抑えられるだろう。
柿迫 栞緒

2021年入社
法学部政治学科 卒業

大学時代は政策立案コンテストを運営する学生団体で活動しながら、行動経済学を専攻し、ナッジを活用した健康行動の促進に関する研究を行う。それらの経験から政策立案のためのエビデンス構築に関心を持ち、MRAへ。 趣味はライブ鑑賞で、自身も社会人サークルに所属しエレクトーンを演奏している。

Rio Kakisako

01
プロジェクトの背景

適切な福祉用具を使っているか
チェックし助言できる確かな指針を

介護が必要となった高齢者も、住み慣れた地域や住まいで尊厳ある自立した生活を送れるよう、質の高い保健医療・福祉サービスの確保や、安定した介護保険制度の確立などに取り組んでいる厚生労働省。この介護保険制度の中では、「要介護者等の日常生活の便宜を図るための福祉用具、あるいは要介護者等の機能訓練のための福祉用具」の貸与・購入を対象とした保険給付も行われている(原則、貸与)。車いすや特殊寝台、床ずれ防止用具、手すりやスロープ、歩行器や歩行補助つえ、さらには認知症老人徘徊感知機器、移動用リフト、自動排泄処理装置など、品目は多岐にわたる。

介護保険制度は3年に1度改正が行われており、「介護報酬改定の効果検証及び調査研究に係る調査」や「老人保健健康増進等事業」等の調査研究事業において、その効果検証や次期介護報酬改定に向けた実態把握等が行われている。MRAでは、これを長らく受託してきた。

柿迫
「三菱総合研究所では、グループとして以前から福祉用具に関する各種調査研究事業に携わってきたことから、福祉用具関連の現場知識や人脈などがあり、強みになっています。令和3年度頃からは、MRAが主体となって福祉用具に関する調査研究事業を実施するようになりました。」

「老人保健健康増進等事業では、年度ごとに複数のテーマが厚生労働省から出され、これに様々な事業者が応募し、個々に採択される形で受注が決まります。本プロジェクト(以下、PJ)は、当社が令和6年度のテーマの1つ『福祉用具サービスの適切なPDCAの実現に向けた調査研究事業』の採択を受け実施したものです。ほかにも全国福祉用具専門相談員協会や日本福祉用具供給協会が厚生労働省から採択を受けた案件にも、毎年継続して関わっています」

福祉用具サービスのPDCAとは。

柿迫
「要介護者等が福祉用具を利用するにあたっては、適切な『用具選び』と『使い方』がされなければなりません。これを支援するのが『福祉用具専門相談員*1』で、福祉用具専門相談員はまずは用具選びと利用計画の策定(Plan)を行います。その後、利用者の身体状況や環境の変化、用具自体の経年劣化などで問題が起きていないかを定期的に状況を確認(Check)し、必要に応じて福祉用具の変更・追加の提案やメンテナンスなど(Action)をしていきます」

「ただ、このPDCAをすべての事業者が十分に実施できていたわけではありませんでした。そこで、厚生労働省が開催する『介護保険制度における福祉用具の貸与・販売種目のあり方検討会』において議論が行われ、令和5年に公表された『対応の方向性に関する取りまとめ』の中で、福祉用具サービスの提供におけるPDCAを適切に実践できるよう、福祉用具貸与事業所に対する周知徹底が求められました。また、令和6年度の介護報酬改定においては、PDCAを適切に実践することを目的として、福祉用具貸与の運営基準が改正されました。PDCAの『C』にあたる業務を『モニタリング』と呼ぶのですが、福祉用具貸与計画*2の記載事項にモニタリングの実施時期が追加されました。さらには、福祉用具専門相談員が実施したモニタリング結果を、口頭伝達などではなく、記録したシートで介護支援専門員(ケアマネジャー)へ交付(提出)することが義務づけられました」

「そのような背景を踏まえ、本PJでは福祉用具サービスの質の向上を目的に、福祉用具専門相談員が利用者の状況に応じて適切にPDCAサイクルを回しながらサービス提供を行うことができるよう、『福祉用具サービス提供における適切なPDCAの実現に向けた手引き』を作成しました」

*1 介護が必要な高齢者が福祉用具を利用する際に、本人の希望や心身の状況、その置かれている環境等を踏まえ、専門的知識に基づいた福祉用具を選定し、自立支援の観点から使用方法等を含めて適合・助言を行う専門職
*2 要介護者等の自立の促進及び介助者の負担の軽減を図り、利用者の状態に応じた福祉用具の選定を行うため、福祉用具貸与事業者及び特定福祉用具販売事業者は、利用者ごとに個別サービス計画(福祉用具サービス計画)を作成することとしている。

02
MRAの取り組み

大事にした、専門家の視点や、経験者の声
現場に寄り添ったPDCAの実現へ

本PJの実施は、採択を受けた6月頃から翌年3月末までだったという。この短い期間に、冊子として編集・作成した手引書が今回の成果物だ。それは、どのようなものなのか。そして、どのような作業が必要だったのだろうか。

柿迫
「調査は大きくは『文献調査、ヒアリング調査、モデル的試行』という3つのフェーズで実施しました。重視したのは『どうすれば実際に現場で活用していただける手引きを作成できるのか』です。理想に走ってしまい、机上の空論にならないようどうするか。当社では福祉用具に関する調査研究に長く携わってはいるものの、PJチームは介護現場での実務経験はないメンバー3名で編成されたため、これを補いながら推進することが難題でした」

「まずは様々な文献を集めつつ、過去に作られたガイドラインや事例集などがないかも調査。福祉用具サービスが提供される中で、特定の場面や特定の疾患・福祉用具を対象に、職能団体等が作成したものが存在してはいましたが、PDCAの流れに沿って実施内容やポイント等を整理した資料はありませんでした。さらに、現場でのサービス提供におけるポイントには、福祉用具専門相談員の経験に基づく暗黙知のようなものも多くあることがわかっていました。そこでクライアントである厚生労働省の方と、調査・作成の方針や内容を丁寧に相談。ほかにも3回の検討委員会を開催し、医療専門職の資格を持つ委員や福祉用具専門相談員としての視点を持つ委員に、多くの助言をいただきました。また、現場で実際にどういったことをしているのか把握するため、現場の福祉用具専門相談員や介護支援専門員、リハビリテーション専門職にもヒアリング。実態や重要なポイント、工夫などを聴取できました」

「その上で、モデル的試行として、手引きの素案を福祉用具専門相談員に実際に活用していただくとともに、サービス提供において福祉用具専門相談員が主に連携する介護支援専門員にも確認いただきました。方向性を大きく変えるようなご意見はなく、基本的には肯定的な声をいただけました。ただ、手引きの有用性を確認するとともに、細部で『ここは使いにくい、もっとこういう情報があった方がいい』といった意見も収集。記載内容の修正・拡充を図り、可能な限り現場に寄り添った知識を共有できる手引きとなるよう工夫しました。こうして、PDCAサイクルの基本的な取組内容と、利用者の疾患別、状態別の留意点等を取りまとめた手引きを完成させることができました」

03
成果と展望

成果物を周知するための対外発信の場で
逆に伝えていただいた「現場での高評価」

このPJの成果物は、MRAのWebサイト上に掲載され、閲覧できるものになっている。「報告書」内の【厚生労働省 令和6年度 老人保健健康増進等事業】にある「福祉用具サービス提供における適切なPDCAに向けた手引き」だ。公表され、どのような評価を得ているのだろうか。

柿迫
「福祉用具分野に関わらず、当社ではこれまでにも様々な調査研究事業で手引きやガイドライン等を作成してきましたが、最終公表する前に現場での検証を実施したことが、本PJに対する評価につながったと考えています。別の事業で福祉用具貸与事業所の方とお話をした際、この手引きを『うちの事業所では、スタッフ全員に自分のデスクへ置くよう話したい』とお聞きしたこともあり、現場で評価・利用していただいていると実感しました。クライアントである厚生労働省や有識者からも好評をいただき、現場で活用しやすいものが作成できたと考えています。また社内でも評価され、年間のPJを表彰するイベントで、部署の代表に選出。しかも、会社全体の中でも1位の評価をいただくことができ、頑張った甲斐がありました」

厚生労働省が公表した「対応の方向性に関する取りまとめ」の中で、福祉用具専門相談員がPDCAを適切に実践できるよう周知徹底を求めたと言っていたが、周知活動は進んでいるのか。

柿迫
「老人保健健康増進等事業で作成された手引きやガイドライン等は、当社のような採択事業者のホームページで公表されるとともに、厚生労働省から各都道府県や市区町村、現場の業界団体などへ周知されていくのが、基本的な流れです。当社としてもこれまではそれ以上の周知活動をあまりやっておらず、ホームページに公表するのみとなっていました。しかし今回、一歩踏み込んで現場へ積極的に周知しており、私はこの『対外発信』が、本PJでいちばん手応えを感じられた部分だと思っています。具体的には、福祉用具専門相談員研究大会や国際福祉機器展&フォーラムなど、福祉用具専門相談員をはじめとした介護現場の方々が参加する様々なイベントで講演等をさせていただき、手引きの認知度向上や活用促進につなげられました。実際、講演を聞いてくださった方から、『すごくいい内容ですね』とか『現場で活用したいです』といった声をいただきます。こういった周知活動も、本PJが高く評価されたことの一因になっています」

今後、どのような展開が想定されるのか。個人的に取り組んでいきたいことなどは。

柿迫
「基本的には長く利用していただける手引きが作れたと考えていますが、今後、介護保険制度の見直しなどに伴い、内容のアップデートが必要になる可能性があります。定期的に記載内容の見直しや、疾患別・状態別の具体事例の追加など、より現場が必要とする手引きになるようブラッシュアップしていきたいです」

「今回は福祉用具専門相談員という職種に特化して作成した手引きですが、利用者の状況をしっかり確認しながらサービスを提供する点は、多くのサービスに共通するもの。そのため、本PJで得た経験や知見を応用できそうです。例えば、障害福祉分野でも様々な用具を扱う制度があり、福祉用具専門相談員が関わっている場合もありますので、そこで応用できるかもしれません」

「個人的には、講演などの場で対外発信できたことは初めての経験で、とても貴重でした。毎年、事業は別のテーマで継続しているため、今後も対外発信に力を注いでいきたいと考えています。そして、PJを推進する中で現場感覚もだんだん身についてきたところがあり、さらに経験を積んで今後さらにPJを主導できる立場を目指したいと思っています」

Formation