新型コロナウイルス感染シミュレーション その2:感染拡大のメカニズムの分析に基づいたパンデミック対策

2021年3月18日

 

 

 2021年1月、新型コロナウイルスは再び全国に拡散し、都市部の自治体を中心に2度目の緊急事態宣言が発出されることとなった。緊急事態宣言の発出により感染拡大ペースが抑制される傾向にあるものの、東京都内における飲食店の営業時間は20時までに自粛要請されるなど、経済に与える影響は決して小さいものではない。よって、経済活動の維持と感染の拡大防止を両立するための方法論の提案は急務であると言える。

 感染の再拡大を防ぐにあたり、国民一人一人が取り組むべき対策について科学的知見に基づく提案を行うには、仮想社会におけるシミュレーションを用いた数値実験が効果的である。仮想社会におけるシミュレーションでは過去に生じた社会現象に対するシナリオ分析が可能である。例えば、感染拡大がどのような条件なら生じなかったのか、といった点に着目して分析を行うことができる。

 本コラムでは、「新型コロナウイルス感染シミュレーション:感染防止と経済活動の両立に向けた感染リスクが高い地域・施設の定量的把握」(2020年8月5日発信、以降「前回のコラム」と言う)と同様に2020年3月の「第一波」前後のGPS情報を基に構築したマルチエージェントシミュレーションを用いることで、東京における感染拡大のメカニズムを分析した結果を示す。これより、パンデミックを回避する上での行動指針を示すことで、「第三波」が収束した後の「第四波」の発生および、三度目の緊急事態宣言を回避する上で、各個人や自治体の選択肢となりうる行動様式について述べたい。

 

 マルチエージェントシミュレーションの枠組みとしては、前回のコラムにて報告したモデルをベースに、マスク・消毒などを想定した総合的な感染予防対策を反映できるように拡張したものを用いた。具体的には、感染の要因を空間の汚染および飛沫感染に分けて定義し、それらのリスクを軽減させる効果をパラメータとして導入可能とした。加えて、「いつ・どこで・誰が・誰に感染させられたか」を追跡できる機能を追加し、より詳細な感染拡大メカニズムの分析を可能とした。

 本モデルを用い、「第一波」のシミュレーション結果に対し、感染の連鎖を描いたものを図1(a)に示す。上から下に向かい、初期感染者が新たな感染者を生み、それが連鎖し新たな感染者が生まれていく様子が見て取れる。

 これはまさに、指数関数的な感染拡大を再現していると言えるだろう。加えて、前回のコラムにて示した結果と同様に、外出関連サービス業1における感染が多く生じていることがわかる。そこで、シナリオとして各種外出関連サービス業が感染対策2を施し、外出関連サービス業における感染確率が元の設定の半分まで減少したと仮定してシミュレーションを行った。その結果は図1(b)に示す通り、感染が数世代で止まっていることがわかる。本結果は、2021年1月に東京都内において飲食店の営業時間を20時までに短縮したことで、外出関連サービス業における人々の接触機会が減少し、感染が収束に向かった結果と矛盾しない。

図1 感染の連鎖
図1 感染の連鎖(第一波の再現および外出関連サービス業での感染リスク抑制の試算)

 

 マルチエージェントシミュレーションの利点は、感染の発生場所を人の属性ごとに詳細に分析できる点にある。そこで、外出関連サービス業における感染予防対策がパンデミックの予防に対し効果的である理由を深掘りするべく、さらに分析を行った。

 図2に、シミュレーション内部で初期感染者を発生させてからの日数に対する感染場所の割合を示す。家庭内での感染と外出関連サービス業での感染が順々に、振動的に生じていることがわかる。つまり、外出関連サービス業を起点として感染が生じ、それが家庭に持ち帰られることで広がるといった、ある種の連鎖的な感染拡大が生じている。

図2 感染の生じた場所の割合の変化

12日目は感染が発生せず欠損。

図2 感染の生じた場所の割合の変化

 

 一方で、外出関連サービス業の全てに厳しい制限を行うべきと結論づけるものではない。感染が全国的に拡大するメカニズムは、都心にさまざまな場所から人が集まり、そこで外出関連サービス業などを起点として不特定多数の人々に感染が広がり、それが各地域に持ち帰られることに起因すると考えられる。

 その根拠として、感染者の自宅位置と感染場所をメッシュ状にマッピングした結果を図3に示す。感染の初期・中期では自宅での感染と都心での感染が順々に生じており、その後、感染が広がった段階では、日時を問わず、都心内外にて感染が常に生じている状況となっていることが見て取れる。

感染発生地域

軸は自治体コードから生成しており、原点付近が千代田区をはじめとする特別区を示す。
縦軸に沿った部分は各地域の居住者が都心で感染、対角線に沿った部分は居住地域内での感染を示す。

図3 感染者の居住地域と感染場所の推移

 

 以上のとおり、われわれはマルチエージェントシミュレーションにより、パンデミックが生じるメカニズムとして、感染が都心の外出関連サービス業と地域の家庭での間における連鎖的な感染現象により徐々に広がり、最終的には場所や時間を問わず感染が生じることを明らかにした。

 また、パンデミックの初期段階において、外出関連サービス業にて適切な感染対策が行われれば、感染の拡大が生じ得ないことをシナリオ分析により示した。これは、現在の経済活動の制限により「第三波」が収束した後に、「第四波」および再度の緊急事態宣言を生じさせないための方法論を示唆するものである。

 よって、感染拡大の兆候が見え始めた際にわれわれができることは、適切な感染対策を行った上で、不特定多数の人との接触を極力避けることである。感染拡大初期に適切な対応が行われれば、パンデミックは生じず、経済への影響を最小限にとどめられる。このような感染を上手くコントロールする未来は十分にあり得るのである。


1. 経済センサスにて定義される3種のサービス業(「宿泊業,飲食サービス業」、「生活関連サービス業,娯楽業」、「サービス業(他に分類されないもの)」)。

2. 感染対策には、例えば外出関連サービスを利用した人の感染確率を下げる効果と、外出関連サービスを利用する人自体が減ることによる感染抑止効果などがある。ここでは利用者の感染確率を下げる効果を想定している。


別添:新型コロナウイルス感染シミュレーション技術資料