新型コロナウイルス感染シミュレーション:感染防止と経済活動の両立に向けた感染リスクが高い地域・施設の定量的把握

2020年8月 5日

新型コロナウイルスに関する行動モデルに基づく議論の必要性

 新型コロナウイルスCOVID-19の感染拡大について、各種議論がなされている。主な論点は、「移動抑制効果の定量的な把握」「一部の地域・産業での感染対策」に集約される。これに対して、感染収束の目安である実効再生産数の試算等、定量的な分析も進められているが、これらは国・都道府県単位の報告値を対象とした分析にとどまり、各地域・施設における感染リスクの分析は行われていない。われわれが社会生活を営む上では、経済社会へのダメージを抑えつつ、感染拡大を防ぐための対策が示されることが必要である。感染の要因を定量的に把握し、各地域・施設における感染リスクの分析への期待が高まっている。

 これまでに専門家会議において用いられてきたSIRモデルは、日本全域の感染者の報告値を基にしたシンプルな分析により、感染拡大の様子を俯瞰することが可能な手法である。この手法では地域ごとの分析は難しいものの、即時性に優れており、感染拡大時に統一的な対策を実施する上で重要な情報を提供してきた。一方、最近では、個人の行動の目的・場所が感染防止や経済活動にどのように影響を与えるかについての関心が高まっている。これらの情報を得るには、感染要因を人々の行動から分析し、感染リスクを定量的に把握することが必要となる。

社会現象の分析を可能とする人流を反映したマルチエージェントシミュレーション

 今回われわれは、マルチエージェントシミュレーションに基づく感染シミュレーションの手法を開発し、東京都内における個人の行動と感染リスクの関連性を分析した。マルチエージェントシミュレーションでは、様々な属性を持ち自律的に行動する多数の主体(エージェント)により仮想社会を構成することで、人々の行動に基づく社会現象の分析が可能である。自由度が高い手法ゆえに妥当性の確保が重要となるが、スマートフォンより得られるGPS情報1を人流として活用することで現実に即した形で人々の行動をモデル化した。

 GPS情報では東京都を500mメッシュで分割しており、各メッシュ中にどれだけの人々が滞在しているかを1時間単位で得ることができる。本情報に加え、メッシュ内の産業施設の面積を用いて東京都をモデル化することで、感染の原因となりうる人々の接触を評価した。時間帯で変化する人口密集度に基づいて、感染リスクの高い地域・産業施設を明らかにし、それらの地域・施設内での人の集中を回避することで感染再拡大を軽減できる可能性を示した。

東京都内における「第一波」のシミュレーションによる再現

 感染リスクを分析するにあたり、シミュレーションモデルが現実に即していることを確認するため、2020年3月から4月のいわゆる「第一波」の再現を行った。感染シミュレーションの結果を図1に示す。3月中旬から指数関数的に感染が拡大するも、3月下旬から感染は収束に向かっている。また、4月中旬以降は無症状の感染者(潜在的な感染者であり、感染拡大や集団免疫に影響するとされる)を含め、再拡大も生じていない。これらの結果は、厚生労働省の報告値をよく再現している。2

図1 感染者数の推移

図1 感染者数の推移.

 感染収束の指標である実効再生産数Rtは、感染者1人が何人の新規感染者を発生させるかを表す量であり、1未満になれば感染が収束に向かうとされる。Rtの算出は感染者数報告からタイムラグに応じた推計を含む煩雑な計算を要するが、本シミュレーションでは、各エージェントの感染日時を特定可能であり、Rtを直接算出できる3。図2aにシミュレーションより得られた実効再生産数の推移を示す。3月下旬に実効再生産数が1未満に到達しており、厚生労働省による解析結果と整合する結果が得られた。

 また、シミュレーションからは、「第一波」では東京都内にてピーク時には0.04%ほどの人々がウイルスに感染していたことも算出できる(図2b)。このように、都市におけるウイルス感染率を推計可能な点も、本シミュレーションの大きな特長である。

図2 a:シミュレーションから求めた実効再生産数(発症期間を考慮した6日間の平均値)b: 都内感染率

図2 a:シミュレーションから求めた実効再生産数(発症期間を考慮した6日間の平均値). b: 都内感染率.

感染要因として接触頻度の影響大、ただし施設内の各種対策により軽減の可能性

 以上に示したとおり、今回のシミュレーションでは、「第一波」の拡散と収束を人流の観点から再現できている。これは、本シミュレーション結果を解析することで、感染を収束させた要因を探索できることを意味する。要因を明らかにすることは、一度はウイルス感染率が著しく低下したにも関わらず「第二波」が生じた原因の解明につながるとともに、「第三波」の発生を予防する上でも重要な情報となりうる。

 まずは、都内の各施設における感染リスクを把握するために、主なリスク要因である接触を「人同士が半径1m以内に接近すること」と定義し、3月第3週の日中・夜間における1時間あたりの接触頻度を算出した。その結果、表1に示すとおり、都内全域における接触頻度の平均値は、日中の平日に高いことが明らかになった。また、解析からは、都内平均以上の接触頻度を有する施設は、いずれの時間帯も各種サービス業(小売店や飲食店等)であることが分かった。そこで、各種サービス業の店舗内にて接触頻度が高くなる地域を抽出し表1にまとめたところ、平日日中のオフィス街が特に高い値を示すことが見て取れた。本結果は、オフィスの密集地域においてオフィスワーカーが地域の商業施設を集中的に利用することが感染リスクを高めていることを示唆する。実際に、今回のシミュレーションにおいて、局所的な再生産数Rtを算出したところ、これらの地域において多数の感染者が発生していることが見て取れた。なお、後述のとおり、接触頻度は主なリスク要因であるが、他の感染対策により感染防止が可能である。

 加えて、表1からは平日夜間および休日日中はいわゆる繁華街の商業店舗において接触頻度が高く、また、休日夜間は住宅地に隣接する繁華街において接触頻度が高い傾向にあることが分かる。これらの結果は、感染を収束させるためには局所的な地域施設の営業時間短縮では足りず、曜日や時間別に人口が密集しやすい地域の人流抑制が必要であることを示唆する。

表1 接触頻度の高い地域および都内の接触頻度と局所実効再生産数.

表1 接触頻度の高い地域および都内の接触頻度と局所実効再生産数.

 これらの解析結果の妥当性を確認するために、「第一波」の収束において実際にこのような動きが生じたのかを人流の観点から検証した。図3に「第一波」の感染が収束した2020年4月第1~2週の人流と、その一年前(コロナ前の同時期)の人流の差分、すなわち活動の自粛の効果を時間帯別に示す。図3からは、平日には山手線内側のオフィス街およびその周辺の繁華街を中心に活動自粛が行われたことが見て取れる。また、休日日中は繁華街における活動自粛が行われ、休日夜間には活動自粛が住宅街にまで広がっていることが見られ、上述の仮説のとおり、それぞれの時間帯における感染リスクの高い地域の活動が大幅に抑制されていることが分かる。よって、都内では人口の密集を避ける行動が行われることで「第一波」の収束に貢献したと考えられる。

図3 感染収束時の人流の抑制効果.

注:図中の実線の円は山手線を表す. 日中は11時、夜間は19時を対象として解析を行った.

図3 感染収束時の人流の抑制効果.

 以上を踏まえ、人口が密集する施設への人流を半減させた条件にて感染シミュレーションを実施したところ、感染の指数関数的な増大現象は生じなくなった。一方で、感染が拡大しウイルスの拡散が進んだ状況では、このような比較的軽度な対策のみでは感染が収束する結果は得られず、人流の抑制には迅速性が求められることが明らかになった。 なお、各施設内における接触を抑制する工夫により、感染の拡大を防ぐ効果が報告されている4。接触頻度が高い地域・産業においては、接触機会の削減のみに取り組むのではなく、施設内の接触を抑制するための十分な対策を取ることも重要である。

経済活動との両立を目指すための最適解を探る必要性

 今回のシミュレーションでは、接触頻度に着目し、人々が集中的に集まる地域の感染リスクを明らかにするとともに、それらの人の集中が回避されることで感染拡大が生じなくなることを示した。これは、密を回避することが感染の収束につながることを裏付ける結果である。一方、COVID-19対策は長期に及ぶことが予想される。今後、様々な感染要因に対応するために、マスクやカーテン等のウイルスを防ぐフィルターを導入した場合の効果・影響を考慮したシミュレーションを検討する。過度な行動抑制をせずとも、経済活動を維持しつつ感染再拡大を防ぐ様々な感染対策とその効果を定量的に示したい。経済の活性化と感染症予防を両立するアフターコロナ社会の最適解を模索していく。


謝辞

本分析に際しては、LocationMind株式会社からデータ提供の面で協力をいただいた。
ここに記して感謝の意を表したい。


1. LocationMind社のGPSデータ(LocationMind xPop)を用い, 500m単位での人の動きを解析した. NTTドコモ社が提供する「ドコモ地図ナビ」サービスのオートGPS機能利用者より, 許諾を得た上で送信される携帯電話の位置情報を基に作成された情報を使用しており, 個人を特定する情報は含まれない.

2. 厚生労働省「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(2020年5月29日)
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000635389.pdf (2020年7月10日閲覧).

3. 本シミュレーションでは任意の時間・場所において発生した感染者数とその場にいた感染者数をそれぞれ取得可能であり, その比が再生産数に対応する. なお, 発症期間を考慮するために6日間の平均値をRtとした.

4. 出口弘「新型コロナウイルスによるパンデミックにどのように対応するか?」第24回進化経済学会(2020年5月23日).


別添:新型コロナウイルス感染シミュレーション技術資料